人権擁護活動家=鄭恩寵「ていおんちょう」さん、拷問・虐待の恐れ

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Amnesty International Japon / 2006年1月18日

対象者:鄭恩寵[Zheng Enchong。ていおんちょう]、男性、55歳、法律家・人権擁護家。

良心の囚人である鄭恩寵は、申し立てによると、現在彼が懲役3年の刑に服している上海の提籃橋(Tilanqiao。ていらんきょう)監獄にて殴られたようである。アムネスティ・インターナショナルは、彼が更なる拷問、虐待を受ける危険性にあると懸念している。

 

鄭恩寵さん

[2005年]12月10日、鄭恩寵の家族は刑務所官から電話を受けた。それは、鄭恩寵が「刑務所の規則を破った」ので、家族の毎月の刑務所訪問は 中止されることを家族に知らせるものだった。刑務所職員は、彼が刑務所のどの規則を破ったのか、もしくは家族がどれくらいの期間、彼を訪ねられないのかに 関して明らかにすることを拒んだ。鄭恩寵と電話で話したいという家族の要望も拒まれた。

12月14日の朝早く、鄭恩寵の家族の者たちは、鄭に会うか話すことが許されるか、少なくとも彼が無事で健康であることを確かめることができること を願って提籃橋監獄を訪ねた。しかし、刑務所の門から刑務所職員に何度も電話をかけ、6人の国家安全当局者に囲まれながらも、数時間待ったにも関わらず鄭 恩寵の近親者たちの試みは不成功に終わった。彼らは11月12日の最後の家族訪問以来、彼と連絡がとれていない。アムネスティは、鄭恩寵は殴られたのでは ないかと考えており、また彼の近親者らと彼との面会許可を当局が与えないことは彼の安全と健康状態に関して懸念を生じさせると考えている。

2005年、3月9日の家族訪問の際、鄭恩寵は近親者らに、当局が強制移動させた後に死んだ人の名前を挙げた手紙を中央政府に書こうと紙を求めたた めに殴られたことを話していた。家族の者によると、鄭は、提籃橋監獄では服役期間を生き延びられないことを恐れて、当局に頼んで彼を上海の外にある別の刑 務所に移してもらえるよう家族に懇願していた。

【背景情報】鄭恩寵は、投獄される以前は上海で弁護士業を営んでおり、強制的に家から退去させられた家族や、移住させられた後に立ち退いた家の代わ りに不十分な補償を受けた家族に助言を与えたり、彼らの代理をしたりしていた。2001年7月、彼の弁護士免許は上海当局によって無効にされた。当時鄭に は、富裕な影響力もある不動産開発業者との関係から利益を得ていた腐敗した市職員から、故意に狙われているのではないかという懸念が生じていた。しかし、 鄭恩寵は法的アドバイスを与え続け、彼が拘禁されるまでの間に彼は500家族以上を代理、援助してきたと考えられる。

2003年8月28日、鄭恩寵は上海第二中級人民法院[地裁]によって、「海外の組織に国家機密を提供」した罪で秘密裏に裁かれた。「国家機密」は 中国の法では曖昧にしか定義されておらず、「国家機密」を構成するかどうかは、恣意的で政治的な理由によって決定される場合が多い。鄭の場合、告訴は鄭が ニューヨークを拠点とする「中国人権(Human Rights in China)」という組織に送ったとされる二枚のファックスに関連している。100人以上の人々(その多くは鄭が法的援助を提供した人々)が法廷の外で抗 議した。2003年10月28日に彼は有罪とされ、3年の刑を宣告された。

12月9日、鄭恩寵は、ドイツ大統領ホルスト・ケーラーが出席した式で、ドイツの裁判官組織によって人権賞に選ばれた。鄭恩寵の妻、蒋美麗 (Jiang Meili。しょうびれい)は、授賞式に夫の代理として出席しようとしていたが、計画されていた出発の直前に知らされた真偽の疑わしい地権争いのために中 国を出国する許可が下りなかった。鄭恩寵に対する最近の殴打と家族が訪問する特典が中止となったのは、彼がこの賞を受賞したことと関連しているかもしれな い。

 
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