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潘岭 / 2008年8月15日
2008年3月、正義中国国際連盟は、中国大陸からタイに逃れた後、拘禁された23名の法輪功修煉者を救援するよう、全世界に呼びかけました。呼びかけ後、すでに何名かは、国際社会の善意ある人たちの手によって救い出されました。しかし、全ての修煉者にこの幸運があるわけではなく、現在19名の法輪功修煉者がタイの移民刑務所に収容されています。

潘奇さんの写真
2008年8月15日、タイ移民刑務所に収容されている法輪功修煉者・潘奇さんは、タイ移民刑務所に収容されている法輪功修煉者の一日も早い解放のため、正義中国国際連盟に連絡しこのことを伝えるよう、日本にいる姉の潘嶺さんに依頼しました。
連盟はこの事件に関心を持っています。連盟は、未だ収容されている法輪功修煉者の一日も早い解放のため、彼らに救いの手を差し伸べ、正義の声を出すように呼びかけます。
私は、潘嶺と申します。1974年6月26 日、中国大連に生まれ、大連師範大学の物理学部を卒業後、2006年1月14日に来日し、1年先に日本に来ていた夫と合流しました。
私には双子の妹がいて二人とも『法輪功』学習者です。 現在、私の妹を含む20人の法輪功学習者がタイ移民収容所に拘禁されています。私は日本政府に対して、正義を遵守し人道的立場から、私の妹を含む法輪功学習者の身の安全を確保し、タイ国内から助け出し、日本国内へ受け入れてくれることを強く望みます。
1996年、私はうっかりしていた学友にぶつけられました。 CTで検査した結果、腰椎が突出していると診断されました。私は8週間ベッドに寝たきりで、薬を飲んでも注射をしても効果があまり良くありませんでした。学校を1ヶ月以上休まなくてはならず、休学すべきと言われました。当時『法輪功』は病気治療と健康保持のすばらしい効き目があると紹介されていたので、妹が『中国法輪功』という本を私に読ませました。(私と妹は双子の姉妹であり、実体と影のようにいつも離れず、同じ病気にかかったり、同じ運動や食べ物が好きで、小学校・中学校・高校は同じ学校で勉強しました。同時に大学に入り、妹は医学を専攻し、私より1週間早く法輪功を始めました。)
本を読んだ1週間後、私は学校へ復学し、また長距離競走の試合にも参加しました。 それは非常に不思議でした。家の近くには煉功点(法輪功をしている場所)があり、重い病気を持った人がいました。癌、結締組織の病気、心臓病など、いくら治療しても改善することができませんが、法輪功を始めてから速やかにすばらしい効き目が現れ、ひいては全快した人もいました。家庭や個人にたくさん予想もできない朗報をもたらしました。私もとても驚喜し、中国にこのような貴重な宝物があり、法輪功をする人が「真善忍」に基づいてよい人になるよう頑張り、人々の道徳を向上させ仲よく暮らし、本当に「この世の浄土」と思いました。法輪功を実践することは国家にとっても人民にとっても有益なことで、いかなる国家や社会にも百益をもたらします。
私と妹は1996年に法輪功を始め、当時の時間は本当に貴重で、毎日の生活が楽しくとても充実していました。大学の生活は忙しかったのですが、毎日法を勉強し功を煉り、法輪功を実践することは自分の勉強に影響を及しませんでした。卒業後、高校の先生になり、当時弟も卒業し、99年妹も良い成績で卒業しました。家族はみなほっとしました。母は私達の勉強のために、商品を売ったり仕入れたりし、年齢のわりに老けていましたが、もうやめるつもりでした。私達一家は未来の生活に希望がいっぱいでした。
しかし、法輪功学習者が急速に1億人に増えたため、1999年7月20日に当時の国家主席江沢民は李洪志先生(法輪功の創始者)が民衆に尊敬され信望されていることに嫉妬し、法輪功を弾圧し始めました。テレビなどのメディア放送には天地を覆い隠すように捏造された情報が流されました。 李洪志先生と法輪功を誣告し罪に陥れたので、私は市政府へ真実を伝えに行きました。しかし、かえって警官に追い払われて殴られ、捕まえられて自由を失い、強制的に登録されました。私達は地名もわからないとても遠いところに連れて行かれ、夜中にやっと釈放されました。
嘘や迫害を排斥するため、99年8月9日に私と妹を含め学習者7、8人は海茂の5237子弟小学校のキャンパスで集団煉功しました。海茂派出所の王国玉をはじめとする警官は私達を姚家留置場に捕まえました。当時、大勢の法輪功修煉者が逮捕されていたので、刑務所はすべていっぱいになりました。後に私達は金州留置場などに送られて不法に拘禁されました。法輪功を堅持した学習者は回廊にぐっと引っ張られました。妹の両手と両足は日という字の形の鉄製の縁で固定され、立ち上がることも横たわることもできず、鉄の枠がさびつき休めない状態でした。手錠で回廊の鉄の手すりに固定された法輪功学習者もいました。私と一人の学習者は背中と背中を合わせ一緒に手錠をはめられました。手錠がねじられ、二人は動くことができません。もし一人が動いたら、もう一人は引っ張られとても痛くなります。廊下には人がいっぱいで、法輪功学習者はごちゃごちゃ地面に投げられ、横たわったり、しゃがんだり、立ったり、打たれたりしていました。男女の警官がその間に立っていました。法輪功学習者が法を暗唱すると、警官は(鉄のクリップなどで)殴ったり蹴ったりしました。二人の警官は一人の法輪功修煉者を監視しました。あの時、暗黒が中国大地を覆っていることを感じ、良い人は刑務所に閉じ込められていました。国家権力者の江沢民は一人の私欲のため、一億人の法輪功学習者を反政府勢力として政府と対立する側に押しやりました。私は涙を流し、それが中国にとってどんなに大きい災難を持ってくることでしょう! 7日後、私達は釈放され、家にあった法輪功の書籍は警官に没収されました。..
どこにも冤罪を晴らせず、99年10月、妹は北京へ陳情に行き、北京前門派出所に強制連行され、金州留置場に拘禁されました。警官は私をも捕まえ、同時に留置場の妹の隣の部屋に拘禁しました。その唯一の理由は私が妹にお金をあげたというものでした。留置場の食事は悪く、硬いトウモロコシの餅、指のように太い漬け物でした。トイレの時間が制限され、圧力の下で多くの人は便秘になりましたが、トイレの時間はまだ足りませんでした。6日後、妹は馬三家労働教養所に送られ1 年の労働再教育を下されたとのことでした。15日後私は家に帰りました。母は妹が労働再教育されたことを聞くと気絶しました。警官は密かに妹を送り、家族に知らせていませんでした。
妹が馬三家労働教養所にいた時、私と母は何度も面会しようとしましたが、すべて拒否されました。教養所では、法輪功学習者は残虐な体刑をされ、スタンガンなどで殴られ、 睡眠が許されない状態でした。妹は『私の白書』を書いて労動教養所の大隊長に渡し、法輪功を堅持する志を表明したので、3ヶ月の刑罰が増えました。警官は精神病院をコントロールし、3ヶ月後、妹に薬を強制的に服用させました。家族の救援のもと、妹は重病のために服役中の一時出所という理由で馬三家労働教養所から出ました。でこぼこな修煉の道中、私達はお互いに助けて励まし合いました。
2001年6月、私と妹は大連東財のキャンパスで真相を伝えた時、真相がわからない学生に告発され、学校の入り口の派出所に連行され、私達二人は一つの手錠をはめられました。
その時全国各地で、遼寧大連地区を含め、迫害により亡くなった法輪功学習者の事件があったことを知っていました。法輪功への迫害に対処する法律がなく、死亡の定員があり、中国共産党は人間の命をごみのように考えているので、私達はいつ家に帰られるかを知らないで、更にいつ顔を合わせることができるかを知りませんでした。殴られて強制に別れさせられた時、私達の姉妹は必ずまた顔を合わせなければならないことを約束し、この正念が私に多くの困難を克服させました。留置場で妹は囚人服を着せられましたが、留置場規則を暗唱することを拒絶しました。 なぜなら、彼女は法律を犯していないからです。中国共産党が私達を迫害しなければ、私達は中国人に真相を伝えることをしません。不公平な状況のもとでは、真実を話す権利があるべきです。警官が妹に41日間の足かせをかけ、妹は14日間断食しました。後に、妹は大連教養院に送られ、14日後釈放されました。私は66日間、妹は88日間拘禁されました。
その後、警官は絶えることなく私の家をかき乱したり、家財を差し押さえ情況を聞いたりし、全部で何回になるのかすでにはっきり覚えていません。私達は正常に生活することができなくなりました。警官は正義を守らないでむやみに人を逮捕し、私達を厳しく傷つけました。身の回りの法輪功学習者もこのような状況で、今日は会えましたが、次の日には行方不明になったり亡なったりしています。無数の家庭が破壊されました。
2004年と2005年、妹は2度捕まえられ、迫害により危篤状態になった後、家族に迎えられました。2005年に私は仕事を辞め、仕方なく中国を離れて日本に来ました。妹も故郷を離れて逃亡の生活を始めました。2007年1月14日に大連を離れ、2週間後タイに逃げました。しかし、現地時間の2008年3月 14日(金曜日)午前、5人の法輪功学習者はタイの中国大使館の向かいで毎日の平和な請願を堅持し、中国共産党の8年余り続く法輪功学習者への血生臭い迫害に抗議していました。10時過ぎ、6人のタイ警官は突然車を走らせ、中国大陸からタイに亡命した3人の学習者を捕まえました。3人は私の妹の潘奇、劉桂英さん、林紅さんでした。その中、2人はすでに国連の難民身分をもらっており、もう1人は国連の「保護手紙」を持っていました。タイの警官は3人が合法的な身分を持っていないという理由で、移民局に送りました。
ある警官は「あなた達が善良な人間であることを知っていますが、中国共産党は圧力を加えて私達に捕まえさせているので、私達は仕方がありません」、と話しました。
湯という名字の警官も仕方なくて学習者に言いました。「私達もあなた達を逮捕したくないのですが、向こうが捕まえさせたのです。」
その前の1日、大陸から出た法輪功学習者の賈志明さんはバンコクの観光地で法輪功の真相資料を配った時、捕まえられました。今まで妹を含め20人の法輪功学習者がタイ移民収容所に拘禁されています。
日本は自由民主の国家であり、国民もとても善良です。日本政府に対し、私の妹と他の法輪功学習者の身柄を保護し、自由を取り戻し、日本国内へ受け入れていただけるよう、積極的な支援を切望いたします。私が妹とこの美しいすばらしい平和な日本で再会できるよう私は心から祈っています。どうか私たちの願いを叶えてください。よろしくお願い申し上げます。 |